Nov 30, 2016

純愛 恋愛小説~あの日のあの瞬間から一歩も進まない~

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序章:あの人を見つめている

私は、ずっと好きな人がいる。
その人は私のことは知らない。
だって、話しもしたことがないから。
だけど、何度も見つめている。
相手が私を見ていない時に。
いつも、そっと見つめている。
だけど、あの人のことを見つめているだけで。
ただ、それだけでいいの。
他のことは何もいらない。
ただ、あの人の存在があるだけで。

その人のことを知ったのは、高校の入学式の時だった。
私は少し緊張していて、忘れ物をしてしまった。
その時に、自分の教室と間違えて、他の教室へ入ってしまった。
でも、そこにいたのは唯ひとりだった。

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もちろん、他の人は入学式へ向かっているんだから、誰かいるとすれば、遅刻したり私のように忘れ物をしてしまった人だけだ。
忘れ物と言っても別に入学式に必要な物でもなかったのだから、教室にそのまま置いておいても問題ないのだけれど。
私が取りに戻ったのは、携帯電話だった。
本当は、携帯電話は校内に持って来てはいけない。
でも、今ではほとんどの人が学校に持って来ている。
余程校則が厳しい進学校なら別だけれど。
ただ私の進学した高校は、進学校ではない。
進学率はほどほどで、就職率もほどほど。専門学校に行く人やフリーターになる人がほとんどだ。
だから、学校に携帯を持って来ても、原則はダメでも注意されたり取り上げられることはほとんどなかった。
しかし、授業中にずっとメールや通話していたらさすがにマズイ。
でも、マナーモードにしていて、休み時間や放課後に使うのは問題なさそうだ。
地元の高校なのだから、入学式前からそういう情報は入って来る。
私も入学してすぐに友達が出来たらメルアドの交換とかをしたかったので、携帯電話を持って来ていた。
しかし、入学式当日から持って来なくても良かったのかも。
教室を留守にする時間が長いし、鞄の中にそのまま入れておくのも個人情報的に問題かなと思って取りに戻りながら、私は思った。
別に外部から誰かが教室に忍び込んで鞄の中を見なければ、携帯を取られることもないだろうし。
だけど、マナーモードにしたか忘れてしまったんだよね。
だから、もし・・・誰もいない教室中に携帯コールが鳴り響いたりして、運悪く見回りの先生に見つかったら、幾らゆるいルールが適用されていても、さすがに入学式中だし、取り上げられてしまうかも。
そしたら、悪い例としてあげられてしまうかも知れない。
そんなことになったら、入学早々笑い者だし。友達なんて出来なくなっちゃうかも。
そんなことを思いながら、走って携帯を取りに戻った。

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そこにいたのが彼だった。
慌てて間違って入った教室にいたのが藤岡君だった。

目が合って、すぐに私はそこが違う教室だと気が付いた。

その時に彼のことを知ったのだ。

もちろん、ひと目惚れした訳ではないんだけど、彼のことは印象に残ってしまった。
『トゥルルル』と携帯のコールが鳴っている。
彼はブレザーの上着から無造作に携帯電話を取って電話に出た。

私はその時に思った。
この人、堂々としているなぁ。
私なんか延々と悩みながら携帯を取りに戻って。
焦って教室まで間違えちゃったのに。

通話中のようだが、彼は何も言わない。
ただ向こうの会話に耳を傾けている。
私は目が合って、すぐに教室を飛び出した。

そのまま私は自分のクラスに行って携帯を無事に回収した。
マナーモードになっているのか確認してみたら、ちゃんとマナーモードになっていたんだから、笑える。
別にそのままにしておいても良かったんじゃないの。
そう思ったけど、そうしたらさっきの彼には会わなかったかも。
そんなことを思いながら廊下を歩いた。

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彼の教室の前を通り過ぎると、まだ彼は携帯電話を持ったままだった。

もう一度目が合った。
彼は何故か私のことをじっと見つめていた。
でも、多分それは私の気のせいだ。
だって、まっすぐに前を見ながら携帯電話を持って、電話の向こうに呟いた声が聞こえたから。
「好きだよ」
確かに、私にまで聞こえる声で、彼は私を見ながら携帯の相手にその言葉を言ったのだ。

だけど、私に告白した訳じゃないのは分かってる。
私はそのまま通り過ぎるしかなかった。

だけど、私は彼のことが気になった。

彼は入学式には私よりも遅れて来た。
そして、隣のクラスの列に並んだ。

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その後も隣のクラスだったから、体育では同じ授業になった。
でも、まるで入学式の日のことが嘘のように、その後は接点がなかった。

まあ、入学式のことも彼にしたら覚えていないと思う。

ただ、私は私に告白された訳でもないのに、ドキドキしてしまったあの日の瞬間を覚えていただけだ。
それにだいたい告白かどうかも分からない。彼は何か食べ物や趣味のことを聞かれて、それに答えていただけなのかも知れない。
でも、私には、あの時の一言がずっと忘れられなかった。
あの人って、彼って、あんな真っ直ぐな目をして告白するんだなぁと思ったら感動してしまったんだ。

そして、1年間はあっと言う間に過ぎた。

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第1章:純粋な日々


私は高校2年になって彼と同じクラスになった。
それまでにも隣のクラスだから、名前は分かっていた。
藤岡春夜(はるや)君。それが彼の名前だった。
少し変わった名前だなぁ。
春夜と言う漢字を見た時に、そう思った。

だけど、2年になって同じクラスになっても、特に話すこともなかった。

ただどこまでも純粋だった。
ピュアな気持ちだった。
あの人を自分のものにしたいなんて一瞬も思わなかった。
願っていたとしたら、そのままのあの人でいて欲しいと言うことだった。

それは、他の人と話すあの人とは違う。
ただ、一人で何かをしている時のあの人だ。
他の人と話す時は、どこか去勢を張ったり、わざと笑ったりしていた。
だから、そのままのあの人とは違う。
他の人の言葉や動作に影響されて出た発言だ。

私が好きなのは、あの人が一人で歩いている時だ。
あの人が教室から出ると、私は即座に廊下へ出る。
そして、あの人が昇降口から出て来るのをじっと待つ。

あの人は、いつも一人で帰る。
けっこう友達が多いのに、誰よりも急いで教室を出るのだ。
走りながら、
「またな!」
と叫んで。
彼の友達はそんな彼を見て、いつも言う。
「藤岡、今日もバイトなんだなー」
「大変だなー」
あっさりそう言った後に、
「部活行くかぁ」
と毎日同じセリフを吐いて廊下を歩いて行く。

いつも彼らも私の背後を歩いて行くのだ。

だから、私はいつも教室を二番目に出る。
藤岡君の次に。教室を出て行くのが、いつもの日課。
私の自然な姿なのだ。

藤岡君が昇降口から出て来る。
いつもと同じで携帯電話をポケットから取り出した。
そして、ピピピッと何かを打って、メールを送信した。
これが、藤岡君の日課だ。
いつも彼は昇降口に出ると、どこかへ必ずメールをした。

私はそれだけ見ると、振り向いた。
そこから先は木に隠れて藤岡君の姿を見ることは出来ないから。

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そして、いつもは、そのまま図書室へ行くのだが、今日は振り向いた先に別の人がいた。
正確には、いつもは私の後ろを通り過ぎて歩いて行く藤岡君の友達が私のことを見ていた。
『-え?』
私は、驚いた。
いつもと違うことがあると、人はためらってしまう。
動作を止めてしまう。
ふとしたことだが、いつもと同じ習慣が崩れると人は、不意打ちに合う。
彼は、確か同じクラスの高橋君だ。
藤岡君と仲が良くて1年の時も藤岡君と同じクラスだった。
いつも藤岡君を見ていたから、高橋君のことも私は、良く知っていた。

面倒見が良くて優しそうな人だ。
どちらかと言うと、飛び回っている藤岡君よりも部活に専念する真面目なタイプだ。
別に藤岡君が真面目じゃないって言っている訳じゃないけど・・・
でも、藤岡君はどちらかと言うと、不良ではないけど、真面目って程でもないなぁ。
けど、私は藤岡君が話したりする態度より、ずっと鮮烈な言葉を本人の口から聞いてしまった。
人格とか見た目よりも、真っ直ぐな瞳で私を見つめて好きだと言われた。
まあ、それは違うって言うのは分かっているんだけど。
でも、人ってああ言う印象って、なかなか払拭出来ない。
それがきっかけになって見ている間に、好きになっている。
ううん?見ている時には、もう好きなのかも。
そうなんだ。私は、藤岡君のことをまともに好きなのかどうかも分からないのに、本気で好きなんだ。
それは、私の中のあの瞬間の藤岡君が好きなだけで、その後の彼のことは本当に好きなのか?と聞かれたら分からないよ。
でも、あの時の藤岡君のことが純粋に今でも好きだ。
だから、今の本人と何を話したってダメなのかも知れない。
ただ、あの瞬間のあの人のことが好きだったんだから。
ううん、今でも、あの瞬間の彼のことが好きなんだ。
これも、恋って言うのかなあ。

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でも、恋なんだよね。多分、間違いなく。

そんなことを考えている間に、私は随分と高橋君と見つめ合っていたようだ。
人って、自分が真剣に何かについて考えている時に、目の前に他の人がいても関係ないのね。
記憶だけスリップしちゃうんだ。
だけど、何だろうな?
高橋君は、私に一体何の用なんだろう?

私は、全く気が付かなかったけど、私と高橋君は随分長い間、見つめ合っていた感じになっていたらしい。
そのことに気が付いたのは、廊下の向こうから別のクラスメイト達が話している声が聞こえたからだ。
「ねえ、あの二人・・・何見つめ合ってるんだろう?」
「告白?」
「何?あいつらって付き合ってたの?」
うわーマズイよ。これは!どうしよう。
そんな私の気持ちが伝わったのか、それともクラスメイト達の声が聞こえたのか、高橋君は、私に言った。
「ごめんね。左道(さどう)さん」
私の苗字はと言う。ちょっと変わった名前です。
春夜君よりも多分変わっている。
でも私の街には、けっこう多い名字なのだ。
何故そういう名字なのかは分からない。きっと先祖の中にそういう人がいたんだと思う。
まあ、自分の家の名字の由来ってたとえ平凡だとしても余り分からない。
でも、名字が変わっている関係なのか、春夜君の名前に引っかかった私がいた。

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さて、高橋君だけど、本当にこの人は何を謝っているのかな?
何か人柄が分かる気がするなあ。
きっと、自分のせいで私がみんなに色々言われたことについて謝ってくれたんだよね?
でも、本当、高橋君は私に何の用なんだろう?

高橋君は、私に笑い掛けた。
それもまた、不意打ちだった。
さっきまで申し訳なさそうに謝っていた人から、急に笑顔が飛び出した。
びっくりした。

高橋君の笑顔は今までに何度も見たことがある。
藤岡君と笑い合っていることが何度もあったから。
見ていた。
それどころか私は藤岡君本人とは目が合ったことは、最初のあれだけだったのに、その横にいる高橋君とは何度も目が合っていたはずだ。

ふいにその言葉は私の中に入って来た。
「左道さん、映画部に入らない?」
「えっ」
思わず呟いた。
私には、それが意味することが分かっていた。
彼=高橋君は、2年だけど映画部の部長だった。
それと言うのも昨年の入学式後に彼が同好会としてスタートさせたのが今の映画部だからだ。
つまり彼は自分で立ち上げた同好会を1年で部に昇進させていた。
けっこうやり手の部長で、色々予算も取れるように活動も活発に行っているらしい。
2年目なのに映画のコンクールに出展したりしているらしい。
良さそうな人がいると部員としてスカウトしているとも聞く。
だから、高橋君は真面目と言えば真面目だけど、かなりやり手の部活人間なのだ。
これもまた、ただ普通に学校生活を送っている人とも少し違うタイプの人だ。
何故藤岡君みたいに学校へはバイトの傍らに来ているような人と仲が良いのか少し疑問に感じたこともある。
でも、多分フィーリングが合っているんだろうなぁ。
それに、高橋君自体は真面目に部活をしているだけで、打算的な人ではないんだと思う。部活堂を一緒にしないからと言って、そこで友達関係を切るような人ではないってことだよね。
けっこう人間的にスケールが大きくて、コミュニケーション能力も抜群。先生にも評価が良いからすぐに部活に部を昇進させたり、部費も多く貰えるように活動出来るタイプなんだろう。
こういう人が将来、会社を経営したりするのかも。
何となくそんな気がした。
私って、藤岡君よりも隣にいる高橋君の性格の方が分かっているかも。
何となくそんな気がした。
でも、実際に高橋君ってけっこう有名人だと思うんだけどな。

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それで、その高橋君が何で私を映画部に誘うんだろう。
私には、それが謎だった。
まあ、少しは引っかかる部分もあるんだけど。

「左道さん。携帯小説書いてるよね」
「ええっ!どうしてっ?」
私は驚いて今回は叫んでしまった。
確かに書いている。
だけど、どうして高橋君が知ってるんだろう。
「俺、読者だから知ってる。前に図書の先生と話してたのを聞いたことあるし」
そうだった。図書の先生と私は携帯小説を書いているのを話したことがある。
・・・と言うか、私は文章を書くのが好きで、本を良く借りに図書室へ行く。
そこで将来そういう仕事に就くのはどうすれば良いのか話した時に、たまたま携帯小説でも書いてみれば・・・と言う話しになったんだった。
まあ、文章を書く仕事がしたくても、実力も経験もなければただの希望にすぎないから。
本気でやりたいなら、とにかく何かを始めようと思ったんだった。
そこで、しばらくしたら携帯小説のサイトで賞に入賞したことがあって、とても嬉しくて図書室で嬉しくて先生に報告したことがある。
その時、確かに図書室に数人の生徒がいたと思うけど、その一人が高橋君だったのか。
「あの時、撮影技術のことで調べたいことがあって部員と図書室にいたんだ。前から読者だったんだけど、その作者が同じ学校にいるって思わなかったから、あの時はびっくりしたなー」
そんな風に言って高橋君は、また笑顔になった。
「えっと、読んでくれてて、ありがとう」
私はなんとか驚きを隠しながら、それだけを口にした。
「うん、いつも楽しみにしてるよ。それで良かったら映画部に入って脚本を書いてもらいたいと思ってお願いしに来たんだ」
高橋君はそこまでをあっと言う間に言い切った。
「本当はすぐに頼みたかったんだけど・・・」
何か彼なりに緊張しているのが伝わって来た。
確か、賞の発表があってからは随分過ぎているから、今日までこれを言うのを悩んでいたのかも知れない。
私は、そんな彼の言葉に何か打たれた。
今まで一人で携帯小説を書いて来たけど、学校の部活で一緒に作品を作るのも悪くない。
ううんーとっても良い!
そう思って、私は答えた。
「入部させて下さい。部長」
そして、私達は笑顔で見つめ合って、そのまま部活へ行った。

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第2章 距離が近くなる


私が映画部に入ってから部の活動はさらに躍進した。私が書いた脚本でコンクールに入選した。私は脚本部門で受賞、高橋君も監督部門で受賞した。
私達は、卒業後には同じ専門学校に通うことになった。

そんな日々を送る中で、私と高橋君は2年の教室で話すことも多くなった。
それと同じ位の時期から、藤岡君はバイトが忙しいようで、教室では寝ていることが多くなった。
もちろん、藤岡君のことは高橋君からさりげなく聞くこともあった。
しかし、すぐにクラス替えになって3年になった。
私と高橋君は同じクラスだったが、藤岡君は同じクラスにはならなかった。
藤岡君は別のクラスになってからも、バイトが相当忙しいのだと言う。
多分卒業後もフリーターとして今のバイト先に残るのではないかと言う話しを高橋君から聞いた。
多分と言う位に、クラスが違ってからは、藤岡君を見かけることが少なくなってしまったらしい。
高橋君は賞を受賞した作品に掛かりきりだったから、なかなか連絡することもなかったらしい。
同じ学校に通っている友達でも、目指す物が違うと、接点がなくなる。
実際に私も高橋君も相当に忙しかった。

それに私達は別に気にしていなかったが、私と高橋君は一部では付き合っていると思われていたらしい。
確かに、毎日一緒にクラスでも部活でも話しをしていて、一緒の専門学校に通うことになっていた。
でも、そこには恋愛感情と言うものは、どこにも存在していなかった。
ひとつの作品を作り上げる仲間同士の感情だけがあった。

私は、いつの間にか藤岡君が教室を出て、すぐに追い駆けて廊下に出ることもしなくなっていた。
クラスが違えば出来ないけれど、2年の残りの学期では出来ないことではなかった。
だけど、映画作りに夢中で彼のことを考えることもなかった。
私の中で、いつの間にか恋が消滅してしまったのだろうか。
それとも、私が心に描いていたのは、ただの淡い思いで恋ではなかったのだろうか?

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だけど、あんなに1人の人だけを、ずっと見つめていた時期は他にはなかった。
人生今まで生きて来て、あんなに夢中に見つめたことってなかった。
あれは、高校生活の中でも一番綺麗な純粋な思いだった。
もちろん、そこには私の勝手な思いだけで、藤岡君の思いなんてどこにも存在しない。
だけど、私には、それで十分だった。

ただ、夢のように、ずっと見つめていた時期だった。
だけど、それで良いと思っていた。
現実に何かを開始するまでは。
映画部に入って現実が忙しくなってからは、現実の世界の夢の実現の為に動き回った。
そこでは、藤岡君に恋したあの日のことを思い出す時間すらなかった。
ただ、一心に映画を作り上げた。

だけど、振り返ると、どこかに大事な何かを忘れて来てしまったような気がする。

高校生で現実の夢と、現実に恋を両立するのは難しいのかも知れない。
大人になって現実に仕事をしながら、好きな人のことも思いやるのって、どれだけ大変なんだろう?
私には分からないけれど、きっとこんな風に自然消滅する思いがいっぱいあるんだと思う。だから、恋は美しいし、綺麗に心に残るものなのかも。

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本当にとっても好きになった人とは結ばれないとも言う。
だけど、本当に好きになった人のことは、ずっと覚えている。
綺麗な思い出のままで。
そして、自分も綺麗な気持ちのままでその人のことを思い出す。
だから学生時代に好きになった人って、心にずっと残るのかな。

数々の映画や小説を読んでも、学生時代の片思いってけっこう心に残るし記憶に残るものらしい。

私は、今卒業式を迎えようとしている。
その時、ふと携帯電話を教室に忘れて来たことに気が付いた。
私はふと笑いながら、入学式の時のように教室へ戻る自分の姿を記憶の中で重ねていた。

その時だった。
3年生になってから、ほとんど見かけなかった藤岡君を見つけた。
通り過ぎる教室の中に彼がいた。
彼も私のことを見た。
そして、私達はあの日のように目が合った。

藤岡君はポケットから携帯電話を取り出す。
そして、あの日のように私のことを見つめながら、
「ずっと好きなんだ」
と言った。

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私は、まるで絡め捕られたみたいだった。
同じ場面が同じように繰り返されている。
その時、ふともしかしたらと思った。
もしかして、藤岡君は、私のことを覚えている?

廊下で立ち止まっていると、藤岡君はふっと自嘲したように笑いながら私に近づいて来た。
そして、私の前で立ち止まると、携帯を私に差し出した。
私の耳元に携帯電話をそっと近づけた。
携帯の向こうからは何も聞こえない。
―つまり、携帯電話はどこにも掛かっていない状態だった。
えっ?それって、どういうこと―?
携帯の相手に向かって好きって言ったんじゃないの?
「こんなことしても覚えてないよな。忘れてるよな?」
私に言った言葉だった。
私に初めて藤岡君から話し掛けられた声だ。
「あの時も・・・入学式の日にも同じことしたんだけどな」
覚えているよ。
あの時も、電話の向こうに話し掛けていた訳じゃなかったの?
だったら・・・それなら・・・
「2年の時に同じクラスだったんだけど、覚えてる?」
立て続けに発せられる藤岡君の言葉。
私はそれに答えることが出来ない。
それって、だって・・・
藤岡君は、最初から私のことを、ずっと覚えていたってことだ。
そして、私と同じように?
その後は、思考が停止して行く。

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私は、藤岡君が私のことなんか覚えていないと思っていた。
そして、藤岡君もまた同じ。
私達は2人で同じことをしていたの?

私は、ただ立ちすくみ何も答えることが出来ないでいた。

やがて、廊下には人が溢れた。
そして、私と藤岡君の間に入って2人の仲を引き裂いた。
私達は人の波に乗って、そのまま体育館に運ばれて行った。

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第3章 純愛を知る


あの後、どうやって卒業式に出たのか。
私は、あんまり覚えていない。
多分頭の中は真っ白だったはずだ。

今は、部室にいる。
部活の後輩が卒業式の後にお別れ会をしてくれることになったからだ。

高橋君と私は他の3年の部員と一緒に下級生に囲まれて、ささやかだけど胸が温かくなるイベントの中心にいた。

しかし、私の頭の中は以前と空っぽのままだ。
せっかくの下級生の言葉も余り耳に入って来ない。

「あづどうしたんだ?」
私の名前が呼ばれた。
高橋君の声だ。
私の名前は左道あづみだ。
高橋君はいつの間にか私のことを『あづみのあづ』で呼んでいた。

もういつからこう呼ばれているのか分からないけど。
ずっと、こうしていた。
私は、
「まーくん。私やっぱり変かな?」
と言っていた。
私は高橋君の下の名前の高橋真左(まさ)の下の名前の愛称で呼んでいた。
まあ、毎日一緒に部活をしていれば自然とこうなるかな。
それにしても今更だけど、私と高橋君って名前に左の漢字が何故か入っている。
もしかして、親戚だったりして?
まあ、でも、名字と名前だから、それはないかな?

だけど、私達は別に付き合っている訳でもないのに、男女でこうやって呼び合っているのは、やっぱり他の人よりも特別な存在なのだろうか。

だけど、やっぱり恋愛感情とは違うよね。
・・・と言うか、今の精神状態で高橋君のことも考えられる訳がない。

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「うん、あづ。さっきから少し・・・具合でも悪いのか?」
私はそんな風に見えていたんだね。
でも、実際に具合が悪いと言われたら、そうかも。
そんな感じもするなあ。
胃が痛いし、頭は真っ白だし。気持ちが付いて行けない感じだよ。
どうしたらいいのか分からないよ。
「なんか、卒業式だからかな?なんだか少し・・・」
「あづ・・・」
高橋君が私の背中に手を置いた。
私は、その時に気が付いた。
私は涙を流していた。
つうっと頬から伝わった涙が、ぽとんと机に落ちた。
周りにいた後輩達も気が付いた。
「あづは今まで部活を頑張ってたからな。悪いな、みんな」
高橋君はそう言いながら、私の背中を押しながら部室の外へと連れ出してくれた。

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そのまま2人で部室から少し離れた中庭にいた。
よく撮影で使った場所だった。
だけど、撮影以外で2人でこうしてここのベンチに座っていることは今までにはなかった。

私の手には高橋君から渡されたハンカチが握られていた。
それで涙を拭う。
何気なく優しい気遣いが出来る所が、さすがは部長だ。
あの場所で何気にフォローして、私を連れ出してくれた。
後輩には、私が部活を頑張っていたから、卒業式で感極まって泣いてしまった。
後輩の送る会に感動して泣いてしまった。
そんな解釈をさせて、そのまま私をここに連れて来た。

私は、もう何がなんだか分からないままに、しばらくずっと泣き続けた。
喉の奥からはしゃくり上げる声と泣き声が混ざる。

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どうしたらいいのかはまだ分からない。

私の3年間って一体何だったんだろう?
もちろん、映画部に入って夢中で脚本を書いた。
そして、夢の実現目指して、春からは映像関係の専門学校へ行く。
同じ夢を持った部長と一緒に同じ専門学校へ。
でも、私には、この3年間で、どうしても忘れられない人がいた。
ううん、どうしても忘れられない日があったんだ。
それは、入学式の日で。
忘れられない瞬間を私にくれたのは、藤岡君だった。
でも、藤岡君は私のことを覚えていないと思っていた。
だけど、本当は違っていた。
彼も私のことを覚えていてくれた。
ううん―もしかしたら、私達は、両想いだった?
だけど、それはもう確かめようがないんだ。

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私達は、ずっとあの日のあの瞬間から一歩も進まないまま3年間を過ごした。

それが、卒業式の今日になって分かった。

もしかしたら、少しでも勇気を出していたなら、私達はもう少し違った3年間を過ごしていたのかも知れないね。
2人で両想いになって付き合って、恋人が出来て。
そんな楽しい3年間を過ごしたのかも知れない。

私は2年の途中から部活に専念することもなく。
藤岡君はバイトに専念することもなく。

でも、それは、今では全て過ぎ去った過去だ。
もう二度とやり直しはきかない。

私達は両想いなのに片思いの3年間を過ごしていた。

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だけど、それは私だけしか知らない。
藤岡君には、私は何も伝えていない。
彼だけが、私に自分の気持ちをズルいことに、この土壇場の卒業式になって伝えたんだ。

私はベンチから立ち上がって空を見上げた。
涙は、もう乾いていた。

私はこの気持ちを藤岡君に伝えることがあるんだろうか?
これから先の人生で。
それは、まだ分からない。

作者:shutuki(しゅつき)

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